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祝・世界遺産登録二十周年

宮島の七不思議を解け!

 原爆ドームと宮島は広島を代表する2つの世界遺産。今年12月上旬に、登録20周年を迎えます。あらためて、宮島や嚴島神社の魅力や不思議を再発見してもらおうと、編集部が見つけた七不思議を紹介。あなたの目で真実を確かめてくださいね。
 
 
 
 
 
 

【不思議1】大鳥居はどうやって固定しているの?

奈良の大仏とほぼ同じ高さの大鳥居
奈良の大仏とほぼ同じ高さの大鳥居
 
 60tを超えると言われる大鳥居は、根元を土中に埋めることなく、地面に敷石を置き、その上に自分の重みで立っています。大鳥居の屋根の下は島木と呼ばれる箱状となっています。ここにお経が書き込まれた経石が詰め込まれていて重石の役目を果たしています。 高さ16mの大鳥居を見上げると、圧倒的な大きさや、朱塗りの天然木の質感に感動します。木造の鳥居としては日本最大。国の重要文化財に指定されています。
 
 
 
 
 
 

【不思議2】東回廊と西回廊 入り口はどっち

 写真は、切り妻造りの東回廊の入り口(左)と、唐破風造りの西回廊の出口(右)で、どちらかと言うと、出口側の方が豪華な造りです。現在の厳島神社の入り口は東回廊ですが、昔は西回廊側だったようです。実は、大鳥居をくぐって海からというのが、正式な参拝ルートです。
 
 
 
 
 
 
 
 

【不思議3】薩南諸島から流れ着いたものは?

卒塔婆が流れ着いたとされる卒塔婆石
卒塔婆が流れ着いたとされる卒塔婆石
 
 1177年、京都の鹿ケ谷で平家転覆を企てた平康頼は、捕らえられて鹿児島湾南方の鬼界ヶ島に流されました。都に残した母を思い、詠んだ歌を千本の卒塔婆に書いて流したところ、その1本が厳島神社内に漂着したという伝説があります。
 
 
 
 
 

【不思議4】弥山への登山道にある時空のねじれ?

登山の際に目印になるはずの石標が混乱のもとに。写真は弥山の頂上にある「二十四丁」の石標
登山の際に目印になるはずの石標が混乱のもとに。写真は弥山の頂上にある「二十四丁」の石標
 
 大聖院ルートで弥山に登る途中、等間隔に石標が設置されています。石標には番号が刻まれていて、最終地点の頂上は「二十四丁」となっています。ところが、九丁と十一丁の間は、順番も感覚も大きく違っています。土石流の発生で石標が流され、このような奇妙なことになったそうです。
 
 
 
 
 

【不思議5】島内で気になる4本の松とは?

 
大願寺にある九本松は、維新後に伊藤博文によって植えられたと言われています
大願寺にある九本松は、維新後に伊藤博文によって植えられたと言われています
 
 島内には、珍しい松が4本あります。そのうちの2本は、清盛時代に植えられた遺木で、「重盛(清盛の長男)お手植えの松」と「後白河法皇お手植えの松」です。あと2本は健在で、塔之岡茶屋の前にある「龍髯(りゅうぜん)の松」と、大願寺にある九本松です。
後白河法皇お手植えの松(遺木)
後白河法皇お手植えの松(遺木)
 
 
 
 

【不思議6】今もって未完成?

千畳閣には、厳島神社を見下ろす側に 卒塔婆が流れ着いたとされる卒塔婆石階段の柱らしきものが残されています
千畳閣には、厳島神社を見下ろす側に 卒塔婆が流れ着いたとされる卒塔婆石階段の柱らしきものが残されています
 
 壁や扉がなく天井も張っていない千畳閣は、豊臣秀吉の命で造られ始めたのですが、秀吉の死去により未完成のままとなっています。入り口も正式には造られていません。
 
 
 
 
 

【不思議7】神様通るタイムトンネルとは?

神様以外は決して通ることができない門( 矢印) です。嚴島神社でこれだけが瓦葺です
神様以外は決して通ることができない門( 矢印) です。嚴島神社でこれだけが瓦葺です
 
 明治維新までは、仏が現世の人々を救うため、神に姿を変えて地上に現れるという神仏習合が信じられていました。不明門(あかずのもん)は、仏が神に、神が仏に変わる門とされています。本社本殿の裏にあります。
 
 
 

宮島の不思議を解け!

 2012年のNHK大河ドラマ「平清盛」が放映されたのを受け、「リビングひろしま」の紙面では2011年7月30日号から2013年2月16日号までに「ふるさと歴史散歩〜平清盛ゆかりの地をめぐる」を55回にわたって連載しました。その時の記事をベースに、宮島に関係する部分だけを再掲します。リビング流「歴史ななめ読み」をお楽しみください。
 

ふるさと歴史散歩【連載07】独創的なデザイン 海上に浮かぶ厳島神社

ふるさと歴史散歩【連載07】 記事を見る
世界遺産として登録されている厳島神社ですが、今のように潮が満ちれば回廊が海の上に浮かぶ寝殿造りとなったのは、清盛の時代です。(平清盛ゆかりの地〜廿日市市宮島町〜 「リビングひろしま」2011年10月8日号掲載)

ふるさと歴史散歩【連載08】清盛が伝えた 都の優美な文化

ふるさと歴史散歩【連載08】 記事を見る
広島県内の国宝19点のうち12点が、廿日市市宮島町にあります。なかでも、平清盛をはじめ平家一門がその繁栄を願い、1164年に厳島神社に奉納した装飾経「平家納経」は“国宝中の国宝”といわれ、法華経28巻、開・結の無量義経、観普賢経、阿弥陀(あみだ)経、般若心経、清盛自筆の願文、経箱が奉納されました。(平清盛ゆかりの地〜廿日市市宮島町〜「リビングひろしま」2011年10月15日号掲載)

ふるさと歴史散歩【連載09】島民に慕われた清盛 祭りと神社で今に残る

ふるさと歴史散歩【連載09】 記事を見る
多くの島民から慕われ愛された清盛は、治承5年閏(うるう)2月4日(1181年3月20日)に死没しました。その遺徳をしのび、没後770年を記念して、昭和28(1953)年から、命日である3月20日前後に、「清盛まつり」が開催されています。(平清盛ゆかりの地〜廿日市市宮島町〜 「リビングひろしま」2011年10月22日号掲載)

ふるさと歴史散歩【連載10】清盛の逆鱗と慈悲 康頼の卒塔婆流し

ふるさと歴史散歩【連載10】 記事を見る
厳島神社入り口から東廻廊を進み、朝座屋を右折したすぐ左側、揚水橋の傍らに「康頼灯籠」と「卒塔婆石」があります。1177年、京都の鹿ヶ谷で平家転覆を企てた罪で、清盛の逆鱗(げきりん)に触れた平康頼は、鹿児島湾南方の鬼界ヶ島に流されました。(平清盛ゆかりの地〜廿日市市宮島町〜 「リビングひろしま」2011年11月5日号掲載)

ふるさと歴史散歩【連載11】 音戸は通らなかった? 参詣ルートの謎

ふるさと歴史散歩【連載11】 記事を見る
平家一門の繁栄が、厳島信仰のおかげと感じた平清盛は、生涯に13回も参詣しているといわれます。特に清盛が栄達の直後、または一族の運命に関わるときなど、文献に残るものだけでも1160年から80年までの20年間で、10回を数えます。(平清盛ゆかりの地〜廿日市市宮島町〜 「リビングひろしま」2011年11月12日号掲載)

ふるさと歴史散歩【連載22】 清盛の海へのロマン そのシンボルが大鳥居

ふるさと歴史散歩【連載22】 記事を見る
平安の世も波静かだった宮島の海。滑るように海面を行く船を眺めながら、平清盛は何を考えたのでしょうか。父・忠盛のころには、宋との貿易を手掛け、すでに巨額の富を手にしていました。清盛は、海にロマンを感じていたに違いありません。そのロマンのシンボルこそが、厳島神社の朱の大鳥居です。(平清盛ゆかりの地〜廿日市市宮島町〜 「リビングひろしま」2012年3月3日号掲載)

ふるさと歴史散歩【連載23】地御前神社は、厳島神社のミニチュア版

ふるさと歴史散歩【連載23】 記事を見る
廿日市市の地御前神社(地御前5-17)は、聖徳太子が活躍した推古天皇の時代に、厳島神社と時を経ずに建てられたものと考えられ、厳島神社の外宮でした。当時は、社殿のすぐ前が海で、厳島神社のように、鳥居は海中に建てられていました。(平清盛ゆかりの地〜廿日市市地御前〜 「リビングひろしま」2012年3月10日号掲載)

ふるさと歴史散歩【連載24】海からの眺めは絶景 日本最大の木造鳥居

ふるさと歴史散歩【連載24】 記事を見る
第22話の続きで、厳島神社の大鳥居を取り上げます。今の大鳥居は8代目。この鳥居を眺めるお薦めの絶景ポイントを3カ所紹介します。(平清盛ゆかりの地〜廿日市市宮島町〜 「リビングひろしま」2012年3月17日号掲載)

ふるさと歴史散歩【連載25】 平安時代の有之浦 山辺の古径が海岸線

ふるさと歴史散歩【連載25】 記事を見る
宮島桟橋から厳島神社へ至る参道を表参道と呼び、今は商店街が軒を並べて多くの観光客や修学旅行生でにぎわいます。このたびの清盛ブームに合わせて、“清盛通り”という新しい名称が付けられました。(平清盛ゆかりの地〜廿日市市宮島町〜 「リビングひろしま」2012年3月24日号掲載)

ふるさと歴史散歩【連載28】中央貴族の接待に厳島内侍の活躍

ふるさと歴史散歩【連載28】 記事を見る
厳島神社の儀式や舞楽の舞は、厳島内侍(ないし)と呼ばれる巫女(みこ)が行っていました。また、京都にも厳島別宮と呼ばれる施設があり、厳島神社の神主の佐伯景弘は、この別宮に多くの女性を送り込んだと言われています。(平清盛ゆかりの地〜廿日市市宮島町〜 「リビングひろしま」2012年4月28日号掲載)

ふるさと歴史散歩【連載29】わざわざ夜に見物? 幻想的な白糸の滝

ふるさと歴史散歩【連載29】 記事を見る
「高倉院厳島御幸記」によると、平清盛は1180年3月、高倉上皇や中宮・徳子(清盛の娘、のちの建礼門院)らを先導して、厳島神社に参詣しました。潮の流れに乗って、厳島神社に着いたのは3月26日のことです。その翌日は…。(平清盛ゆかりの地〜廿日市市宮島町〜 「リビングひろしま」2012年5月26日号掲載)

ふるさと歴史散歩【連載30】集合住宅から一軒家へ引っ越した清盛

ふるさと歴史散歩【連載30】 記事を見る
厳島神社の入り口から50mほど、ロープウエイ乗り場の方へ進むと、左側に三翁神社があります。この神社は、清盛を神として祀(まつ)っていましたが、戦後、西の松原に清盛神社ができるとそちらへ分祀されたため、今では祀られていません。(平清盛ゆかりの地〜廿日市市宮島町〜 「リビングひろしま」2012年6月2日号掲載)

ふるさと歴史散歩【連載31】厳島神社の不思議 入り口と出口の謎

ふるさと歴史散歩【連載31】 記事を見る
現在、厳島神社の入り口は東回廊側で、安全上から一方通行となっています。入り口の東回廊は、切り妻造りですが、出口側の西回廊は、ちょっと豪華な唐破風(からはふ)造りになっています。(平清盛ゆかりの地〜廿日市市宮島町〜 「リビングひろしま」2012年6月9日号掲載)

ふるさと歴史散歩【連載32】見上げてごらん、最高格式の最新デザイン

ふるさと歴史散歩【連載32】 記事を見る
第30話で、厳島神社の摂社である客人神社(まろうどじんじゃ)を紹介しました。通路を挟んで右側に、もともと舞楽を行った建物の祓殿(はらいでん)があります。清盛の時代には、舞殿(まいでん)と呼んでいました。祓殿の天井には、大きい升目の飾りの中に、小さな升目が細かく張り巡らされています。(平清盛ゆかりの地〜廿日市市宮島町〜 「リビングひろしま」2012年6月23日号掲載)

ふるさと歴史散歩【連載33】朝座屋から見る大鳥居 清盛も腰を据えて眺望

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厳島神社の入り口から真っすぐ回廊を進むと、突き当りにあるのが朝座屋(あさざや)という建物で、国の重要文化財です。清盛が創建した時代には、もう存在していました。(平清盛ゆかりの地〜廿日市市宮島町〜 「リビングひろしま」2012年7月7日号掲載)

ふるさと歴史散歩【連載34】平安時代にあったハート型のデザイン

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なかなか信じてもらえませんが、清盛が建てた厳島神社に、ハートのマークがデザインされています。(平清盛ゆかりの地〜廿日市市宮島町〜 「リビングひろしま」2012年7月14日号掲載)

ふるさと歴史散歩【連載35】神様の小旅行、ダイナミックな平安絵巻

ふるさと歴史散歩【連載35】 記事を見る
平清盛が厳島に伝えたものは、ハードでは、世界に例を見ない美しい海上社殿。ソフトとしては、次回以降に紹介する舞楽の他に、もう一つ忘れてはいけないのが、日本三大舟神事の一つ管絃祭(かんげんさい)です。(平清盛ゆかりの地〜廿日市市宮島町〜 「リビングひろしま」2012年7月28日号掲載)

ふるさと歴史散歩【連載36】地面に見立てた平舞台 海上社殿ならでは

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いよいよ本社へ着きました。国宝の平舞台の上に立つのが、やはり国宝の高舞台で、ここで舞楽の舞が行われます。(平清盛ゆかりの地〜廿日市市宮島町〜 「リビングひろしま」2012年8月18日号掲載)

ふるさと歴史散歩【連載37】左と右のけじめが厳しい舞楽

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平清盛が、厳島神社に根付かせた舞楽は、平安時代に都で繰り広げられた舞楽を厳島でも行ったもので…(平清盛ゆかりの地〜廿日市市宮島町〜 「リビングひろしま」2012年8月25日号掲載)

ふるさと歴史散歩【連載38】鶴が羽ばたくよう 美しさが際立つ本殿

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厳島神社の屋根は、本社の後ろにある不明門(あかずのもん)の瓦葺(かわらぶ)き以外はすべてが檜皮葺(ひわだぶき)です。(平清盛ゆかりの地〜廿日市市宮島町〜 「リビングひろしま」2012年9月8日号掲載)

ふるさと歴史散歩【連載39】自然を知り尽くした土木工事のプロ

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左右の楽房とその内側にある門客(かどまろうど)神社は、平舞台の端にあるため台風や高波の被害をよく受けます。(平清盛ゆかりの地〜廿日市市宮島町〜 「リビングひろしま」2012年9月22日号掲載)

ふるさと歴史散歩【連載40】6つの玉殿を格納 日本一広い本社本殿

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本社本殿には、三翁神社や客(まろうど)神社の本殿で説明(第30話)したような小さな社の玉殿が、6つあります。もちろん外からは見えません。(平清盛ゆかりの地〜廿日市市宮島町〜 「リビングひろしま」2012年9月29日号掲載)

ふるさと歴史散歩【連載41】西回廊は桟橋代わり 入り江は駐船場?

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大国社(だいこくしゃ)前を右に折れると、出口に向かって右側に能舞台、左側に天神社があります。この二つの建物は、安土桃山時代から江戸時代にかけて造られたもので、ここだけは朱色に塗られていません。(平清盛ゆかりの地〜廿日市市宮島町〜 「リビングひろしま」2012年10月13日号掲載)

ふるさと歴史散歩【連載42】仏像のオンパレード 本社を守った大願寺

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清盛が活躍していた時代から下ります。厳島神社の回廊出口にある大願寺は、塔の岡(千畳閣)から宝物館の裏手にある多宝塔までを持ち、厳島伽藍(がらん)と呼ばれていました。(平清盛ゆかりの地〜廿日市市宮島町〜 「リビングひろしま」2012年10月27日号掲載)

ふるさと歴史散歩【連載43】神様だけが通るタイムトンネル

ふるさと歴史散歩【連載43】 記事を見る
第38話で少し触れた不明門(あかずのもん)は、本社本殿の裏にあり、厳島神社のすべての建物の中でこれだけが瓦葺(かわらぶ)きで、他はすべて檜皮(ひわだ)葺です。
(平清盛ゆかりの地〜廿日市市宮島町〜 「リビングひろしま」2012年11月10日号掲載)

ふるさと歴史散歩【連載44】宮島で気になる4本の松

ふるさと歴史散歩【連載44】 記事を見る
宮島で、特に印象的な松が四つあります。そのうち二つは、清盛の時代の老松で、すでに伐採されています。(平清盛ゆかりの地〜廿日市市宮島町〜 「リビングひろしま」2012年11月17日号掲載)

ふるさと歴史散歩【連載45】未完成の千畳閣 絵馬に見る源平合戦

ふるさと歴史散歩【連載45】 記事を見る
今回紹介する千畳閣は豊臣秀吉の命で造られました。この大伽藍(がらん)は、厳島神社を見下ろす塔の岡にあり、いつもすがすがしい風が渡っています。(平清盛ゆかりの地〜廿日市市宮島町〜 「リビングひろしま」2012年11月24日号掲載)

ふるさと歴史散歩【番外編】謎多き、平宗盛 寄進の梵鐘 河浜先生が謎を解く

ふるさと歴史散歩【番外編】 記事を見る
本連載の第10話に掲載された国の重要文化財、平宗盛寄進の梵鐘(ぼんしょう)については、謎があることで知られています。(平清盛ゆかりの地〜安芸郡熊野町〜 「リビングひろしま」2012年12月1日号掲載)
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