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電子新聞で『リビングひろしま』が読めます★ リビングひろしま 2017年12月16日号 ハンドメード・クリスマス「リースもツリーも子どもと一緒に作ろう」 SHUFU-1ミセスの高橋さんと平見さんに、クリスマスを華やかに彩る技を教えてもらいました。
2017年12月16日号

クリスマスリースもツリーも子どもと一緒に作ろう
2017年12月16日号

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ふるさと歴史散歩 平清盛ゆかりの地

ふるさと歴史散歩 平清盛ゆかりの地 【連載41】

西回廊は桟橋代わり 入り江は駐船場? 〜廿日市市宮島町〜

学習共同体河浜塾 河浜一也 

 
手前側の柱と向こう側の柱の折り重なりが美しい西回廊

重なりあう柱、西回廊

680年に再建された全国で4番目に古い能舞台
 

 大国社(だいこくしゃ)前を右に折れると、出口に向かって右側に能舞台、左側に天神社があります。この二つの建物は、安土桃山時代から江戸時代にかけて造られたもので、ここだけは朱色に塗られていません。
 
 
 
 
 平清盛の時代、西回廊付近には、御手洗川の対岸まで延びていた反橋(そりばし、別名は勅使橋)以外に、建造物はなかったようです。では、西回廊は何のためにあったのでしょうか。推測として、厳島神社の正式な参拝ルートは海からだったので、貴賓が上陸した後、その船をつないでおく桟橋の役割を果たしたものと考えられ、人工の入り江は、駐車場ならぬ駐船場だったのです。
 

平氏滅亡後の佐伯景弘

 回廊は、その長さから龍に例えられます。本社前の火焼前(ひたさき)も、龍の舌の「舌先(したさき)」が変化した言葉とも言われるくらいです。
 龍で思い出すのは、厳島神社の神主・佐伯景弘(第18話、19話を参照)のことです。景弘は、清盛を支え、また支えられて厳島神社の社殿を造り、また当時の佐伯郡の郡司も務めていました。源平の戦いでは、景弘も息子とともに平家方として壇ノ浦に赴いて敗戦を経験します。壇ノ浦の戦いでは、天皇家の三種の神器を持ち帰ることが、源氏方に与えられた至上命題でした。ところが宝剣だけが海中深くに没してしまったのです。景弘は、平家方として参戦しながら、源頼朝に願い出て、この宝剣を捜す役目を得ます。そして、途方もない詭弁(きべん)を弄(ろう)して、宝剣問題を解決してしまうのです。
 伝説によるとこの宝剣は、もともとヤマタノオロチの持ち物とされていました。そのオロチが壇ノ浦に現われ、宝剣を持ち去ったというのです。頼朝は、この話のお陰で、新たに宝剣を作る口実を得たのです。こうして、しぶとく生き残った景弘は、源氏からも厳島神社への崇敬を勝ち取ります。(学習共同体河浜塾 河浜一也)
 

毛利隆元が寄進した天神社
 朝廷からの使いである勅使が通った反橋

 

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(「リビングひろしま」2012年10月13日号掲載)
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