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ふるさと歴史散歩 平清盛ゆかりの地 【連載02】 〜日招き伝説に恋慕説? “音戸の瀬戸”開削の謎〜 郷土史家 村岡幸雄

ふるさと歴史散歩 平清盛ゆかりの地 【連載02】

日招き伝説に恋慕説? “音戸の瀬戸”開削の謎 〜呉市警固屋・高烏台〜

郷土史家 村岡幸雄

高烏台(呉市警固屋町)からは、音戸の瀬戸が一望でき、海峡の狭さが実感できます。写真左側が、ループ状の橋として珍しい音戸大橋。右側の建設中の橋が、第二音戸大橋です。2013年4月に完成予定 「ふるさと歴史散歩」平清盛ゆかりの地 【連載02】・日招き伝説に恋慕説? “音戸の瀬戸”開削の謎  〜呉市警固屋・高烏台〜(リビングひろしま2011年8月6日号掲載)
高烏台(呉市警固屋町)からは、音戸の瀬戸が一望でき、海峡の狭さが実感できます。写真左側が、ループ状の橋として珍しい音戸大橋。右側の建設中の橋が、第二音戸大橋です。2013年4月に完成予定

 

 平清盛ゆかりの地巡りは、呉市警固屋と音戸町とを分ける“音戸の瀬戸”からスタートします。
 音戸の瀬戸は、広島湾東南の重要な水路で、最峡部は85m。潮流は時速10kmで「船頭かわいや音戸の瀬戸で一丈五尺の櫓(ろ)がしわる」とうたわれるほど、流れが速いことで有名です。今は水深4〜10mですが、昔は浅瀬で、満潮まで潮待ちをしなければ通れませんでした。1146年、平清盛が29歳のとき安芸守に任じられ、海路の便を図ろうと、音戸の瀬戸の開削工事を決行しました。
 開削の理由ですが、(1)厳島神社参詣のため(2)貢納物の運搬のため(3)日宋貿易のため(4)海賊を支配するためなど、諸説があります。中には、清盛が求愛していた厳島神社の巫女(みこ)から、「音戸の瀬戸を一日で開削したら意に従う」と告げられて、大ハッスルしたというユニークな伝説も。
 工事が思ったように進まず、やがて日が沈みかけました。そこで清盛は、右手に金扇をかざして「返せ、返せ」と叫び、太陽を天中に招き返し、その日のうちに工事を完成させたという日招き伝説があります。工事が一日で終わるはずはありませんが、太陽でさえ意のままに操れるほど、当時の清盛の権勢が絶大であったかを物語っています。清盛は1181年に64歳で熱病で亡くなりました。日招きの行いが災いしたと言われています。
 1967年、開削800年の記念として、また海上交通の安全を祈って休山中腹の高烏台に、日招像が建てられました。作者は呉市出身の彫刻家・林健さん。清盛のことを調べているうち、傲慢(ごうまん)な姿ではなく、温和で人間味あふれる姿をイメージしたそう。あごひげを生やし、狩衣姿で愛用の五枚折の桧扇を持った清盛像を彫ったということです。 

日招像 「ふるさと歴史散歩」平清盛ゆかりの地 【連載02】・日招き伝説に恋慕説? “音戸の瀬戸”開削の謎  〜呉市警固屋・高烏台〜(リビングひろしま2011年8月6日号掲載)
 日招像は、西を向いて旧海軍の砲台跡地に建てられました。旧海軍がこの要塞を高烏台(たかがらすだい)と呼んでいたことが地名の由来。昔、神武天皇がこの地にこられた際、八呎烏(やたがらす)が道案内をし、その途中に羽を休めた所として伝説が残ります

 

高鳥台 「ふるさと歴史散歩」平清盛ゆかりの地 【連載02】・日招き伝説に恋慕説? “音戸の瀬戸”開削の謎  〜呉市警固屋・高烏台〜(リビングひろしま2011年8月6日号掲載)
 
 明治29年に陸軍の手によって、高烏台に砲台や火薬庫、兵舎などが建てられ、今でもその名残りがあります
 
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提供:広島リビング新聞社
(「リビングひろしま」2011年8月6日号掲載)

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