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ふるさと歴史散歩 平清盛ゆかりの地 【連載25】平安時代の有之浦 山辺の古径が海岸線 〜廿日市市宮島町〜学習共同体河浜塾 河浜一也

ふるさと歴史散歩 平清盛ゆかりの地 【連載25】

平安時代の有之浦 山辺の古径が海岸線 〜廿日市市宮島町〜

学習共同体河浜塾 河浜一也 

 
昔のメーンストリートだった町屋通り。ここからの眺めは、格子の建物と五重塔が見えてすてきです 「ふるさと歴史散歩」平清盛ゆかりの地 【連載25】・平安時代の有之浦 山辺の古径が海岸線 〜廿日市市宮島町〜(リビングひろしま2012年3月24日号掲載)
昔のメーンストリートだった町屋通り。ここからの眺めは、格子の建物と五重塔が見えてすてきです

 

宮島桟橋から厳島神社へ至る参道を表参道と呼び、今は商店街が軒を並べて多くの観光客や修学旅行生でにぎわいます。このたびの清盛ブームに合わせて、“清盛通り”という新しい名称が付けられました。
 その清盛通りから山裾までの一帯を東町(ひがしまち)と呼び、宮島に住む人々の生活の場です。清盛通りから一つ山手側の通りは“町屋通り”と呼ばれ、昔のメーンストリートでした。今でも古い町並みが残り、趣のある小さな喫茶店や小物店、アットホームな宿泊施設が点在する、今注目の通りです。
 戦国時代、毛利元就と陶晴賢とで厳島合戦が行われたころ、町屋通りが当時の海岸線でした。

清盛と高倉上皇が、有之浦を船で遊覧

要害山から千畳閣や五重塔(写真中央)がある“塔の岡”を望みます。手前に広がる集落が東町で、右に大鳥居が見えます 「ふるさと歴史散歩」平清盛ゆかりの地 【連載25】・平安時代の有之浦 山辺の古径が海岸線 〜廿日市市宮島町〜(リビングひろしま2012年3月24日号掲載)
要害山から千畳閣や五重塔(写真中央)がある“塔の岡”を望みます。手前に広がる集落が東町で、右に大鳥居が見えます
では、元就の時代からさかのぼること400年、平安時代末期に清盛が見た海岸線は、どの辺りだったのでしょうか。  東町の南の端、山裾に沿った道が山辺の古径(やまべのこみち)で、厳島神社へ至る最も古い参道と言われています。清盛のころ、この辺りまでが海だったようです。千畳閣や五重塔が建つ“塔の岡"は、半島のように海に突き出ていました。  一方、清盛通りの北側の海岸は、有之浦(ありのうら)と呼ばれています(第10話では二位の尼の遺体が流れ着いた伝説の場所として紹介)。当時の有之浦は、塔の岡から要害山(宮島桟橋の西側にある丘)まで、今の東町がすっぽりと入る大きな入り江でした。  1180年旧暦3月の終わり、平清盛が天皇を退位したばかりの高倉上皇を厳島神社へお連れした時のこと。有之浦を船で遊覧したことが「高倉院厳島御幸記」に記録されています。散りかかった桜の花びらが、ひとひら海風に運ばれる中、間近で宮島の山と海の美しさに触れた高倉上皇は、どのようにお感じになったことでしょうか。  上皇は、宮島を離れる際に、同行の公達に歌を詠ませています。そのときの歌が次のものです。

「立ち返り 名残も有りの 浦なれば 神も哀れを 懸くる白波」

高倉上皇はこの翌年の1月に崩御。同じく清盛も3月にこの世を去りました。
 
 
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提供:広島リビング新聞社
(「リビングひろしま」2012年3月24日号掲載)

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